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仙台高等裁判所 昭和60年(行コ)13号 判決

青森県五所川原市字田町一二〇番地

控訴人

佐藤仁

右訴訟代理人弁護士

平田由世

青森県五所川原市柳町一番地

被控訴人

五所川原税務署長 照井俊弘

右指定代理人

猪狩俊郎

佐々木運悦

千葉嘉昭

津島豊

熊谷与平

右当事者間の所得税更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和五八年一月一九日控訴人の同五四年分、同五五年分及び同五六年分所得税についてした各更正及び各過少申告加算税の賦課決定をいずれも取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示及び記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の陳述)

本件争訟の本質は、事業主の生活資金引出し要求に応じるためになされた本件借入金は、事業会計上の借入金か、家事会計上の借入金かというものであつて、結局は、公正なる会計理論の存在を認めるのか否か、税法のいわゆる「社会通念による解釈」の名のもとにこれを否定し無視することが許されるのか否かということである。

本件借入資金の大部分が事業主に引渡され、事業主がその後これを生活費に使用したことは事実であるが、当該借入資金を事業主に引渡した取引行為自体は正常な事業取引であり、当該引渡された資金も事業資金の中から引渡されたものであるから、右借入資金は事業資金として使用されたものである。事業資金調達のための借入金たる本件借入金は、従つて、当然事業用の借入金であり、その支払利息は事業会計上の費用であつて必要経費となるものである。

元入金の一部引出し取引は、事業主の側からみれば、今まで自分が事業に預託して無利子で事業に利用させている自分の資金を引出した、債権の回収にすぎず、会計上きわめて正当にして自然な取引である。この場合、回収される資金は当該事業会計内の事業資金の中から回収されるものであり、引出しの対象となつた普通預金は借入資金でありながら事業資金となつたものである。

このように元入金が事業主からの預り債務であることから、事業主からのその一部引揚げ要求(資金の引出し要求)に対し、事業がこれを拒否し得る根拠は全くないのであつて、事業会計内手持ち余裕資金の有無にかかわらず、これに応じざるを得ない責務がある。

そこで、当該資金引出し要求に応じるための事業資金調達手段として行われた本件銀行借入は、事業自体の責任に基づく事業自体の立場から行われた事業取引であり、その資金はそれまで事業会計内で事業資金として使用されていた事業主資本(事業債務)の返済資金として使用されたものである。従つて、右事業資本(債務)返済資金調達のため新たに行われた本件銀行借入金はいわゆる借替え債務であつて、当然に事業用借入金であり、旧事業資本の肩替り(借替え)として新たに事業資本に参入した本件借入金(事業用借替え債務)にかかる本件支払利息は、事業自体の資本費であつて、当然に全額必要経費となるものである。

このように、事業会計上、元入金の範囲内において、事業主貸勘定に計上することにより、事業資金を引出して、事業主の消費生活資金として事業会計外に払出す引出金取引は、事業所得者特有の生活資金調達方法であつて、私法上はもちろん税法においてもこれを否定し又は制限する規定は存在しないのである。

(被控訴人の陳述)

控訴人は、会計学において、事業主と事業を分離し、それぜれ独立した主体としてとらえる考え方を論拠として、控訴人と控訴人の営む事業とは独立した別個の存在であり、両者の間に債権債務の関係が成立するかのような主張をする。

しかしながら、会計学におけるこの考え方は、一定の期間における企業の実績成果を数字的に表現し評価するための純粋に技術的な手段であり、経済的、法律的には全く実体のない仮定の概念にすぎないものである。

個人=自然人はあくまでも一個の存在である。個人はその計算と責任において事業を営み、そして、その個人に当該事業にかかるすべての権利義務が帰属する。個人と事業は一体不可分のものであつて、法律的にも経済的にも両者が分離して存在することはあり得ないのであり、一個の主体の内部において、特定人と他の特定人との間におけるが如き経済効果の伴う取引が存在したり、これに基づく債権債務が発生したりする余地はないのである。

控訴人の主張は、企業会計において、その目的を達成するための手段として、個人企業についてもその個人とは別個に企業という実体が存在するものとする仮定を真実のものと誤解していることに起因するものである。

もとより会計理論が税法において重要な基本概念の一つとしてとり入れられていることは否定し得ないが、会計理論が企業の経営成績の記録計算及び評価をその目的としているのに対し、税法にはこれに加えて租税収入の確保、租税の公平負担など税法独自の理念があるのである。

控訴人の主張は、この基本的な視点を見逃し、会計理論のみを振りかざして税務計算を律しようとしているものである。仮にこれが是認されることになれば、会計処理の仕方如何によつて恣意的に課税標準たる所得金額ないしは租税負担を調整し得ることになり、税法の理念である租税負担の公平の原則に反し、ひいては租税法律主義の理念までも破壊されることになる。

理由

当裁判所も、控訴人の本件請求は失当として棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決の理由説示と同じであるから、これを引用する。

控訴人は、事業会計上、元入金の範囲内において、事業主貸勘定に計上することにより、事業資金を引出して、事業主の消費生活資金として事業会計外に払出す引出金取引は、事業所得者特有の生活資金の調達方法であつて、これを否定し又は制限する規定は存在しない。控訴人の本件借入れの目的は元入金の引出資金を調達するためになされたものである。このように事業元入金の一部回収に伴い、その引出資金の調達のための借入金は事業上の借入金というべきである、というのであるが、控訴人の本件借入れは、控訴人の長男の予備校に対する支払のための借入れと認められるものであつて、これが帳簿上控訴人の事業専用預金口座を経由してなされたからといつて、それだけで本件借入れが事業上の借入れであるということはできない(本件借入金が控訴人の事業専用預金口座に振込まれたとしても、これか長男の予備校に対する支払のための借入金であるということにかわりがないことはいうまでもない。)から、この点に関する控訴人の見解にはにわかに左袒することができない。

よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 輪湖公寛 裁判官 武田平次郎 裁判官 木原幹郎)

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